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FESTINA LENTE

ジェイコブ・ソール(2014)『帳簿の世界史』文藝春秋社。

●本文引用

「君主にとって会計の透明性は危険だったし、たしかにそれにも一理はある。」(p.17)

「国王からすれば、帳簿は国家運営の道具ではなく、統治者としての自分の失敗をあからさまに示す不快な代物になっていたのだろう。(中略)ルイ十四世が悪いニュースを知らずに済まそうとしたのと同じく、ウォール街も規制当局も、金融システム全体を驚かす会計慣行を見ないことにしようと決めたらしい。」(pp.11-13)

「会計は財政と政治の安定に欠かせない要素だが、信じがたいほど困難で、脆く、やり方によっては危険にもなる」(p.22)

「商業と会計実務を通じて、コルベールは経営というものを身につけると同時に、記録の重要性を身にしみて知ったようである。」(p.174)

 

 

●概要
    本書は、南カリフォルニア大学教授ジェイコブ・ソール氏が帳簿を通じて、近代政治や近代国家の起源を探る内容で、村井章子 氏が翻訳を担当した本。「会計」という視点を軸に、国家の隆盛や衰退を概観することができる。歴史の裏側で暗躍する帳簿、それは経済のみならず、政治や文化、歴史を動かしてきた。とりわけ、「複式簿記」による国家や企業の運営の変遷をとりあげ、その重要性を説く。くわえて「監査」という「会計」の信頼性を高める機能の必要性(と脆さ)を言及する。


●要約
    本書の構成は、会計の仕組を活用し繁栄した国家、並びにキーパーソンを歴史順に紹介する。ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスがつける帳簿からはじまり、14世紀のイタリア商人ダティーニ、ルネサンスメディチ家、『スムマ』を生み出した16世紀イタリアのパチョーリ、ルイ14世を支えた17世紀フランスの会計顧問コルベール、18世紀イギリスの陶磁器メーカーであるウェッジウッドルイ16世下の財務長官を努めた銀行家ネッケル、アメリカ初期に活躍したハミルトンやジェファーソン、フランクリンらがあり、そしてアメリカ近代史へとつながって本書は終了する。

    本書のキーワードの一つである「複式簿記」を、最初に発明したのはイタリアの商人だった。彼らは共同出資方式で貿易を行っており、事業を精算する時点で、各人に対して持ち分や利益を計算する必要があった。会計は収入と支出を集計するだけでなく、投資家に還元すべき利益剰余金の累計を計算するために活用された。こうした「複式簿記の発明課程」については本文中に「必要は発明の母である」と記されている。このように複式簿記は、商人のツールとして日の目をみる。しかしその後、この商人のツールは国家運営のツールへと変遷する。

    16世紀に現れたパチョーリは、複式簿記の世界最初の教科書と言える『スムマ』を開発した。しかし、絶対君主制の時代背景もあり、身分の低い商人の技術である会計は、重用されなかった。本書の表紙を飾っている、強烈な風刺画もこの頃のものである。(二人の収税人) 会計や商業を讃えているようには到底思えない絵画である。さはさりながら、会計で栄えたヴェネチアナポリや、逆に軽んじて破綻したスペイン帝国など、この頃から会計は国家運営の重要なサブシステムとみなせる。
    ルイ14世を支えたコルベールから、複式簿記/会計は会社(事業)から国家に本格転用される。コルベールは複式簿記を、国王のための統治技術として整理した。ルイ14世も簿記を理解し、コルベールと書簡を頻繁に交わしていた。コルベールはルイ14世のために、ポケットに入れて持ち運べる携行型の小型帳簿を作って活用していた。

    ルイ16世時代の財務長官であるネッケルは、『国王への会計報告』を公表した。これは、フランス絶対王政の歴史の中で財政運営の結果を国民に公表した初めての出来事である。ネッケルはこの公表を「倫理と繁栄と幸福と強い政府」の基盤であることを主張した。会計を公表することで、民衆への疑心暗鬼の払拭や、国内の権力者へアピール、さらにはヨーロッパ各国へのメッセージに利用した。ただし、財政を意図的に黒字化させた例でもあるので、これは会計を、政治利用した事例といえる。その後、ネッケルは国家秘密の暴露といういわれから、その職を罷免された。公表した会計の信憑性が、様々な人々の感情を揺り動かした。フランス革命の引き金となったバスティーユ襲撃後、ネッケルは民衆の支持もあり復職したが、時代が変わるの激動の波には、会計だけでは立ち行かなかったようだ。改革すべき古い秩序自体がなくなってしまったために。

    本書のもう一つのキーワードである「監査」の重要性は、上記ネッケルの案件でも認識できる。ネッケルの会計改革は、アメリカ建国の父たちにも強い感銘を与えた。アメリカ建国時代は、会計が非常に重要な位置づけとなっていた。単に富を築く手段に留まらず、世界観の形成に役立ち、国家建設の重要なツールとなっていた。つまり、この頃には会計というツールは庶民一般まで広く浸透していたと考えられる。農園経営者で後の初代大統領であるジョージ・ワシントンは、個人帳簿を公開した。自分の支出を正直に公開することで、民衆の支持を得ることを目的として。そして、それを政府が監査し、国のお墨付きを取り付けたのだ。帳簿を公開するだけでなく、第三者(この時は国家)が監査することで価値が出ることを知っていての行動である。

    19世紀に入り、産業革命により鉄道が世界を変えた。その性質から、財務会計を急速に複雑化させたのである。莫大な資本が必要となり、鉄道会社では粉飾決算が横行していた。まともな監査が行われず、政府は巨大な鉄道会社に対して、規制を強化する必要性が出てきていた。そんな状況の中、「会計士」というプロフェッショナルが出現し、会計会社が誕生し始めた。
    
    最終章では、大恐慌リーマンショックが取り上げられている。肥大化した会計専門会社が、同一会社の監査とコンサルティングを行うことで粉飾決算の温床となり、それはアメリカ社会全域におよび、手のつけられない状況になっていた。本書では、「明らかな構造的矛盾」として紹介されている。

 

 

●感想

    本書は、帳簿という会計の世界から、栄枯盛衰の世界史を読み取ることができる。世界史は、戦略戦争の歴史でもあるが、その裏には、武器購入や兵站準備など含め、巨額の資金が動いている。コルベールとやネッケルの立ち回りは、痛快な物語にすら見え、非常に興味深く読むことができた。ただ、構成においては、やや読みづらく感じた。商人の話や国家の話などが入り乱れ、読解するのが困難である。翻訳文という性質もあるかもしれないが、一覧で見ることができる表などがあれば、理解を深められたと感じる。

    ともあれ、会計が国家運営に根付く課程が明瞭に示され、複式簿記の誕生やその重要性、そして監査の必要性が再認識できた。本書は、会計に携わる者はもちろん、組織の管理者は必読と感じる。組織の管理者が会計を知らないことで悲劇が生まれた歴史を説明しているためだ。組織を担う者、特に経営者に適した良書と評価する。