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FESTINA LENTE

官僚制MEMO

高尾義明(2019)『はじめての経営組織論』有斐閣ストゥディア。

●官僚制の定義
官僚制というと、国や自治体の組織がまず頭に浮かび、その硬直性が思い起こされることが多いようです。しかし、組織論においては、世間一般で使われるネガティブな用法と少し異なって、次のような原則に基づいた組織を官僚制組織と呼んでいます(ウェーバー, 1960/1962)。

①規則によって権限が定められ、その範囲で職務が遂行される
② 規則に基づく役割の階層関係が形成されている
③ 文書が媒介として用いられて職務が遂行される
④ 職務が専門分化し、職務遂行のための規則を扱う訓練をされた専任の職員によって職務執行がなさなれる
⑤ 職務活動中には職務と私生活の領域が分離される

上の原則は、政府や地方自治体といった行政組織に典型的に見出されますが、程度の差はあれ、 現代のほとんどの組織に見出すことができるものです。(pp.100-101)

 

●官僚制の合理性

世間一般では、官僚制という言葉は非効率であることの代名詞のように用いられ、合理的な組織とは見なされていないようです。 しかし、 組織論のもともとの用法では、官僚制は、大規模化・複雑化した組織を合理的に運営するための機構を意味します。行政組織において典型的ですが、規則に基づいて生ける精密機械のようにトップから下された方針を効率的に実現することを目指したのが、官僚制です。

(中略)

官僚制は、なぜそうするのかわからない慣習に従う伝統的な集団よりも合理的であると考えられます。 カリスマへの依拠も、継続性などを考えると一定の限界があります。以上のような類型的な比較から、現実の運営に合理的でない面がいろいろ見られるとしても、官僚制は相対的に合理的だといえることがわかります。(pp.102-103)

 

●官僚制の逆機能

官僚制の原則は現代組織の根幹に位置づけられているものであり、組織の合理性追求を可能にするために不可欠なものです。 しかし、官僚制に関しては、その原則の適用が意図しない影響を及ぼし、ネガティブな結果を導出する現象も知られています。そうした現象を、官僚制の逆機能と呼びます。ここでいう機能とは、環境への適応と調整を促進する活動であり、逆機能とは適応や調整を阻害する活動です。官僚制の原則は、本来、組織の目的を効率的に達成することを意図して、組織に適用されています。 たとえば、職務を細分化し、標準化を図るためのマニュアルを参照しつつ、上位階層からの命令に従って職務に携わることは、組織の効率的な運営に必要であると考えられています。 しかし、そうした仕組みが、その意図した通りの結果のみを生み出すわけでありません。

たとえば、マニュアルに書かれている1つ1つの指示は、組織目的の追求にとって妥当なものであると理解できても、そうした指示項目が膨大にあれば、マニュアルの指示に含まれる制定の狙いを汲み取るよりも、ともかくマニュアルに従っていることが目先の目標になるかもしれません。 さらに、規則の遵守が強調され、ほんの少しでもマニュアルに従わないと処罰されるようになったりすれば、最低限マニュアルに従うことだけをするという行動 (最低許容行動)を招く危険性があります。 加えて, 組織の上下関係に軋轢が生じるのを避けるために、規則を引き合いに出して上司が部下に指示することが度重なると、規則を絶対視する意識をいっそう強化することになります。

(中略)

規則に従えばよいという態度は、規則に従うという手段を目的に置き換えており、上述のような積極的な貢献意欲とは対極的といえます。 最低限規則にだけは従うという態度で職務に臨む組織メンバーがいても、短期的には問題は顕在化しないかもしれません。 しかし、環境の不確実性・曖昧性が高まり、知識の創出が重要な競争優位の源泉になっている現代では、そうした受け身的な組織メンバーの増加は、組織の適応力を損なう原因になります。


官僚制の原則がこうした適応力低下を意図せず生み出しているというのが官僚制の逆機能ですが、なぜそうした逆機能が生じるのでしょうか。根本的な原因は人間の合理性の限界にありますが、それに加えて注目すべきは、組織においてさまざまな役割を具体的に担っている人間の複雑性です。精密な機械を目指している官僚制は、活動に従事する組織メンバーも取り替えの利く部品のように見なしてしまう傾向にあります。 組織に労働力を提供し、役割を引き受けるという意思決定を個人が行った以上、組織メンバーは組織の定める規則に忠実に従って行動すべきだという主張は、もっともかもしれませ
ん。

(中略)

(しかし)自生的なパターンやルールが,官僚制の逆機能を強めることもあれば、逆機能を低減するような補完的な働きをすることもあります。また、規則に従えばよいという態度ではなく、与えられた役割の遂行に対して積極的な貢献意欲を持つかどうかは、そこで働く人自身の要素やその人が置かれている環境によっても左右されることから、官僚制の逆機能が顕著になるかどうかには人やその環境がかかわってきます。


規則が規則から自動的に生まれてくるわけではなく、従いきれないほどの膨大な規則を生み出し,官僚制を強化しているのも人間の行動であることを踏まえると、官僚制の逆機能がまったくなくなるということはありえないといってよいでしょう。 しかし、 そうした逆機能の発現に起因する組織の適応力低下を、少しでも食い止めようとする必要があります。(pp.104-106)

 

補足:加登豊・佐々慶子(2020)「診療プロトコルの逆機能研究から得られる知見
―製造業の原価企画研究を踏まえて―」『原価計算研究44 巻 (2020) 2 号』より

 

●逆機能(=弊害)をマネジメントする

どんなに良いシステムであっても,恩恵があるがゆえに,副作用や弊害を生み出す。ここで,システムの副作用や弊害は,システムの機能を極限まで発揮させようとすることから生まれるという点に注目する必要がある。単に,問題点を副作用や弊害と考えるのではなく,期待される成果を手に入れようとすれば必然的に付随する「逆機能」として認識することが極めて重要なのである。なぜなら,順機能を活かしながら,逆機能をコントロールするという巧みなマネジメントによってのみ,システムは健全に機能するものだからである。逆機能とは,有用性とともに不可避的に潜在し,時に顕在化する弊害なのである。 逆機能は静かに浸潤していき,それが認識された段階での対応は極めて困難になる。(p.124)

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金井壽宏(1999)『経営組織』日本経済新聞出版。

ウェーバーの官僚制論素描

社会学をかじったことがあるひとならご存知のとおり、「官僚制組織=最悪組織」という理解は誤りです。組織から情実を排除し、能率よく安定した業務を継続していこうとすれば、どのような組織にも多かれ少なかれ官僚制組織に似た側面も必要なはずです。たとえば、最近の文鎮型の組織についての議論で、階層(ハイアラーキー)がなくなっていくという議論がありますが、10人のベンチャー企業ならいざ知らず、何千人、何万人の会社がしっかりとした業務を遂行するためには、階層状のつくりは不可欠です。もっとも、この種の議論を最初に展開したM.ウェーバーは、能率や安定と引き換えに、組織から熱気や革新は失せ、働くひとの魂は冷えて疎外が生じることを警告するのを忘れませんでした。

さて,M.ウェーバーは、官僚制組織のエッセンスをどこに求めたのでしょうか。表現は硬いですが以下の6点です。

(M.ウェーバー『権力と支配」濱島朗訳,有斐閣,pp.125-128)

①官僚制的規則

職務上の義務を分配し,同時にその義務を 履行するのに必要な職務権限も分配し,さらに権限が与えられれば,義務をしっかりと継続的に履行できて,それなりの資格 も備えた人々を任命する明確な規則が存在すること。要する に,きちんと仕事をしてもらうためのルールがはっきりしてい ること。
②官僚制的階層

上位者が下位者を一元的に支配し,命令す る階層(ハイアラーキー)ができあがっていて,それに階層的 な命令権限が存在すること。要するに,上の言うことは聞くの だという命令の一元性がハイアラーキーによって確保されていること。だれがより偉いのかがはっきりしている組織。

③書類や文書に基づく職務執行

要するに,柔軟ではあるが思いつきによって仕事がなされるのではなく,ルールにせよ, 権限・義務にせよ,職位にせよ,文書化されたものをベースに 仕事がなされていること。これには,経営における事務所と家 計の峻別も含まれる。
④専門的訓練を前提とした職務活動

その職務がきちんとこ なせるからという理由で,人々はその職務に採用・配置され,
その職務を遂行していくような組織。

⑤フルタイム(専従)で働く職員

兼業はしないことを前提に、職務の遂行に職員の全労働力を要求するような組織。

⑥規則に基づく職務遂行

明確で漏れのない、そして習得可 能な規則に従って職務は遂行される。官僚は、その規則に関する知識を技術論(経営学がこれに含まれる)として身につけて いなければならない。

今日,われわれは,官僚制という言葉を聞くだけで,それを 非効率の代名詞のように考えますが,これら6つの特徴をもつ 組織は,ウェーバーには,職務遂行の正確さ,迅速さ,一貫 性,没人格性(情実の排除)などのプラスの効果をもつものして理解されていました。(pp.160-162)

 

●逆機能について

官僚制組織の議論で当初は見逃されていたのは、①官僚制には意図せざる逆機能があることと,②環境,技術の特性や規模などといった諸条件によっては官僚制が適さないケースが多々あることです。まず第1の点について。官僚制の意図せざる逆機能(機能障害)を明らかにした研究としては、A.グールドナーの石膏工場の研究がよく知られています。

(中略)

規則の導入は、彼の意図としてはこの緊張を緩和する機能をもつはずでしたが、意図せざる効果として、規則にがんじがらめになった工員のやる気を阻害し、工場の業績もさらに低下しました。それが、またよりきつい監督を招来するという逆機能的な悪循環をもたらしてしまいました。

 

次に、第2の点、つまり官僚制が適合しない諸条件(環境特性、技術特性、規模など)について。環境が安定していて、大量牛産のような技術の下で大規模な操業がおこなわれるならば、官僚制が有効かもしれませんが、環境の変化が大きく、大量生産には乗りにくい鯛の一品料理のような業界には、官僚制組織ではうまくいきません。たとえば、古典的な研究としては、A.スティンチコームが、建設産業では、環境の不安定性、変動性ゆえに、官僚制的組織構造が不適であることを実証しましたし、シリコン・バレーのハイテク・ベンチャーには、官僚制がなじまないのは想像しやすいことでしょう。(pp.162-163)

 

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Richard L. Daft(1983)"Organization Theory and Design"(高木晴夫訳(2002)『組織の経営学―戦略と意思決定を支える』ダイヤモンド社 。)

 

●組織の官僚主義とコントロール
組織がライフサイクルの各段階を進んでいくと、大規模化と複雑化に伴い、官僚主義的特徴を帯びてくる場合が多い。官僚主義の体系的研究の創始者社会学者のマックス・ウェーバーである。 ウェーバーはヨーロッパの諸政府組織を研究し、大規模な組織を合理化および効率化するような管理の特徴のフレームワークをつくった。ウェーバーは、組織がより大きな社会のなかで積極的役割を果たすためにはどのような組織設計が可能かを理解しようとした。

 

官僚主義とは何か
ウェーバー官僚主義を人間の基本的自由への脅威と見なす一方で、それが組織化を行ううえで可能な限り最も効率的なシステムであることも認めた。彼は官僚主義の勝利を予測しているが、それも官僚主義がビジネスと行政いずれの環境でも組織をより有効に機能させる力を備えているからである。 ウェーバーは成功した官僚主義的組織に見られる組織の特徴を明らかにした。これを図表6―4に示す。ルールと標準的手続きは、組織活動を予測可能かつルーチン的なやり方で遂行することを可能にした。

 

専門化は、各従業員が実行すべき明確な作業を持つことを意味した。権限の階層構造は、監督とコントロールのための実用的なメカニズムをもたらした。業務のパフォーマンスを著しく低下させる友人関係による雇用や血縁関係、えこひいきではなく、技術的能力が雇用の基準となった。役職とそれを占める人物とを切り離すことは、個人がその仕事への固有の権利を有するのではないことを意味し、その結果、効率を高めた。 書面による記録は、時間の経過を通じた組織の記憶と継続性をもたらした。

 

今日、極端な官僚主義的特徴は広く批判されているが、ウェーバーが紹介した合理的コントロールは、意義深い概念であり、新たな組織の形であった。えこひいきや社会的地位、血縁関係、わいろといった往々にして不正なやり方に基づく組織形式と比べ、官僚主義は多くの長所をもたらした。たとえばメキシコでは、ある引退したアメリカ人弁護士が電話を購入するために五〇〇ドルのわいろを支払わされたあげく、ある政府の役人が彼の電話番号を別の世帯に売却していたことを知った。中国では、親戚に政府のポストを与える伝統が共産主義の下でさえ横行している。中国で台頭しつつある高学歴階級の人々は、最も良い仕事が官僚の子どもや親戚に与えられるのを苦々しく思っている。これに比べて、ウェーバーが描写した論理的かつ合理的な組織形式では、業務を効率的に、また確立されたルールに則って実行することが可能となる。(pp.167-175)