THINK DIFFERENT

FESTINA LENTE

渋沢栄一(1916)『論語と算盤』ちくま新書。

◆概要

【執筆動機】

論語』の教えを、実業の世界に埋め込むことによって、そのエンジンである欲望の暴走を事前に防ごうと試みた(pp.9-10)

(実は)渋沢栄一が書いたわけではなく、その講演の口述をまとめたもの(p.11)

 

【想定読者】

日本国民、実業家

 

【主張】

道理と事実と利益とは必ず一致するものである(p.14)=論語と算盤は一致すべきものである(p.97)

 

社会で生き抜いていこうとするならば、まず『論語』を熟読しなさい(p.20)

 

◆本文抜粋

第1章:処世と信条

【豊かさ】私は常々、物の豊かさとは、大きな欲望を抱いて経済活動を行ってやろうと言う位の気概がなければ、進展していかないものだと考えている。(p.14)

 

【富の根源】国の富を成す根源は何かと言えば、社会の基本的な道徳を基盤とした正しい素性の富なのだ。(p.15)

 

【学者の間違い】論語の教えは広く世間に効き目がありもともとわかりやすいものなのだ。それなのに、学者が難しくしてしまい(中略)これは大いなる間違いである。(p.24)

 

【争い】私は理由もなく争うような事はしないが、世間の人たちが考えているような、争いを絶対に避けるのを、世を渡る唯一の方針としているように円満な人間でもない。(p.30)

 

【誠実】一言でいえば、私の主義は「何事も誠実さを基準とする」ということに他ならない。(p.40)

 

【名声と失敗】名声とは、常に困難で行き詰まった日々の苦闘の中から生まれてくる。失敗とは、得意になっている時期にその原因が生まれる。(p.42)

 

第2章:立志と学問

【物質・精神】どうも物質文明が進んだ結果は、精神の進歩を害したと思うのである。私は常に、精神の向上を、富の増大とともに進めることが必要であると信じている。(p.47)

 

【現在を生きる】私は極楽も地獄も気にかけない。ただ現在において正しいことを行ったならば、人として立派なのだ、と信じている。(p.47)

 

【手腕と機会】青年たちの中には、大いに仕事がしたいのに、頼れる人がいないとか、応援してくれる人がいない、見てくれる人がいないと嘆くものがいる。(中略)しかしそれは普通以下の人の話で、もしその人に手腕があり、優れた頭脳があれば、たとえ若いうちから有力な知り合いや親類がいなくても、世間が放っておくものではない。(pp.47-48)

 

【修行の意義】なるほど、ひとかどの人物につまらない仕事をさせるのは、人材や経済の観点から見てとても不利益な話だ。しかし先輩がこの不利益をあえてするのには、大きな理由がある。(中略)およそどんなに些細な仕事でも、それは大きな仕事の小さな一部なのだ。(p.49)

memo.つまらなさの程度による。また受け手の能力、耐える力にもよる。(耐える力が強ければ良いというものでもない)

 

【人格・角】人間はいかに人格が円満でも、どこかに角がなければならない。古い歌にもあるように、あまり円いとかえって転びやすくなるのだ。(p.56)

 

【志・やりたいこと、できること】

思うに、それ以前に立てた志は、自分の才能に不相応な、身の程を知らないものであった。だから、しばしば変更を余儀なくされたに違いない。それと同時に、以後に立てた志が、四十年以上を通じて変わらないものであったところを見ると、これこそ本当に自分の素質着かない、才能にふさわしいものであったことがわかるのである。(p.64)

 

第3章:常識と習慣

【常識・中庸】何かをするときに極端に走らず、頑固でもなく、善悪を見分け、プラス面とマイナス面に敏感で、言葉や行動が全て中庸にかなうものこそ、常識なのだ。(p.65)

memo.知恵、情愛、意志

 

【善人・悪人】悪人が悪いまま終わるとは限らず、善人が良いまま終わるわけでもない。悪人を悪人として憎まず、できればその人を善に導いてやりたいと考えている。だから、最初から悪人であることを知りながら世話をしてやることもあるのだ。(p.72)

 

【振舞いと志】実社会においても、人の心の善悪よりはその「振舞い」の善悪に重点が置かれる。しかも、心の全額よりも「振舞い」の善悪の方が、傍から判別しやすいため、どうしても「振舞い」にすぐれ、よく見える方が信用されやすくなるのだ。(p.76)

 

【努力】怠けていて好結果が生まれることなど決してないのだ。(中略)勤勉や努力の習慣が必要なのだ。(pp.78-79)

 

【知識と実践】実践に結びつけるための学びは、一時やれば済むと言うものではない。生涯学んで、初めて満足できるレベルとなるのだ。(中略)「口ばかりで、実践できないものはダメだ」(pp.79-80)

 

第4章:仁義と富貴

【道徳と現実】現実に立脚しない道徳は、国の元気を失わせ、物の生産力を低くし、最後には国を滅亡させてしまう。(p.87)

 

第5章:理想と迷信

【文明】本当の「文明」とは、力強さと経済的豊かさを兼ね備えていなければならない。(p.122)

 

第6章:人格と修養

【自分磨き】自分を磨くことと、自分を飾り立てる事を取り違えているのではないか(中略)、自分を磨くことと、学問を納めることが相容れないと思うのは、これも大いなる誤解でしかない。(pp.139-141)

 

第7章:算盤と権利

孔子と奇蹟】講師の方が高く信頼できる点として、奇跡が一つもないことがある。(p.151)

 

【師と仁】師匠は尊敬すべき人だが、仁に対してはその師匠にすら譲らなくてもよい(p.152)

 

第8章:実業と士道

【武士と商人】武士も商人も、最初は単純な本質だけ守っていればよかったのだが、次第に知識はすり減り、気力も衰え、形式のみ繁雑になっていった。この結果、武士の精神が廃れてしまい、商人も卑屈になって、嘘が横行する世の中となってしまったのだ。(p.184)

 

第9章:教育と情誼

【青年・今昔】「昔の青年は意気もあり、抱負もあって、今の青年よりはるかに立派だった。今の青年は軽薄で元気がない」(中略)今の青年の中にも立派な者もいれば、昔の青年の中にも立派でない者もいた。(p.189)

 

【学問・今昔】「昔の人間は、自分を向上させるために学問をした。今の人間は、名前を得るために学問をする」(p.193)

 

【教育・今昔】昔の教育が百人の中から一人の秀才を出そうとしたのに対し、こんにちは九十九人の平均的人材を作る教育法(中略)ついに現在のように並以上の人材が有り余ってしまうという結果をもたらしたのだ。(p.203)

 

第10章:成敗と運命

【学問】学問の力を知りたければ、こう考えれば良い。賢者も愚者も、生まれたては同じようなもの。しかし、学問をしないことによってたどり着く先が異なってしまう。(p.212)

 

【運命】成功したにしろ、失敗したにしろ、お天道様から下された運命に任せでいれば良いのだ。こうして、たとえ失敗してもあくまで勉強を続けていれば、いつかはまた、幸運に恵まれる時が来る。(p.219)

 

【泡】一時の成功や失敗は、長い人生や、価値の多い生涯における、泡のようなものなのだ。ところがこの泡に憧れて、目の前の成功や失敗しか論瀬られないものが多いようでは、国家の発達や成長が思いやられる。(p.220)

 

【成功とカス】成功や失敗といった価値観から抜け出して、超然と自立し、正しい行為の道筋に沿って行動し続けるなら、成功や失敗などとはレベルの違う、価値ある生涯を送ることができる。成功など、人としてなすべきことを果した結果生まれるカスに過ぎない以上、気にする必要など全くないのである。(p.220)

 

◆夢七訓

 

夢なき者は理想なし

理想なき者は信念なし

信念なき者は計画なし

計画なき者は実行なし

実行なき者は成果なし

成果なき者は幸福なし

故に幸福を求める者は夢なかるべからず

 

◆参考文献・引用元

渋沢栄一(1916)、『論語と算盤』(守屋淳 訳(2010)『現代語訳    論語と算盤』ちくま新書。)

 

◆所感

一読するに、今も昔も課題は大きく変わっていない。普遍的な課題には、普遍的なアプローチが有効かもしれない。論語と算盤は、二律背反する概念間をバランスさせる重要性を指摘している。

 

法制度強化と道徳教育、持続的競争優位獲得とSDGsグローバル化内需拡大、競争と共創、など概念間の振り子はいたるところにある。

 

武士も商人も、貴族も平民もない現在であるが、古典から得られる示唆は大きいことを確認できる一冊である。